口裂け女
「私って、キレイ?」
私はひたすら、走った。
死に物狂いで家まで逃げた。
怪談は、フィクションだから良いのであって、実際自分の身に起こってほしいなんて思ったことはない。
何かの間違いであってほしかった。
「私って、キレイ?」
ひたすら謎の女から逃げ続け、家に入り、玄関の鍵を締めた。
自分の部屋に入り、ドアの鍵を締め、私は戦慄した。
「私って、キレイ?」
気づけばソレは、私の背後に居た。
私の家なのに……私の部屋なのに……回りこまれた。
もう逃げられない。
これはどう考えても口裂け女じゃないか。
あり得ない……他人事のように、いつもネットで見ては、怖い怖いと思っていた。
実際起こったら、どうすれば良いの?
あまりの恐怖に、声が出ない。
何も答えられなかった。
「……ぁっ……ぇ……」
「ねぇ、私って、キレイ?」
「……き……きれい……です……」
「……じゃあ、これでも?」
必死で絞り出した私の答えは数秒後の私の悲鳴でかき消される。
ーーさようなら、お父さんお母さん……先立つ不幸をお許しください。
「ぷぎゃあ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは! んぎぃ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは~っ!」
カッコ良く死に際のセリフを心の中で残した私に待っていたのは……くすぐり地獄だった。
「ねぇ、私って、キレイ?」
「が~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、ぎれぃでずぅ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは! ぎれいだがらぁ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」
「私って、カワイイ?」
「がわいいぃいいい~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、わげわがんらいっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは~っ!」
バンザイした両腕の上に馬乗りになり、ピンと伸ばした状態で固定された。
彼女は、驚くほど妖艶で、美しい女性だった。
ーー口が裂けていることを除けば。
何故か、口裂け女は「私って、キレイ?」と問いかけながら、コチョコチョと脇の下をくすぐった。
「ねぇ、弱いのは脇?」
「ワギノジダァ~ッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ~ッ、わぎはよわいでずぅ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは~!」
「脇腹はどう? 弱い?」
「ぞごぼだべぇ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、ぎゃーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは~っ!」
こちょこちょに弱い自分を恨んだ。
昔から、なんで自分だけこんなにコチョコチョに弱いのかわからなかった。
彼女の細長い指先から、圧倒的なくすぐったさが送り込まれ、身体中を駆け巡る。
全身を彼女の『くすぐり』が支配し、最早笑うしかないと言うほど、気が狂ったように笑い続けた。
「脇の下と、脇腹が特に弱い?」
「よわいがら~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは! よわいがらやべでぐだざい~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは~!」
「そっか、脇の下と脇腹のコチョコチョに弱いんだね」
彼女は一旦手を止めると、悪魔のような笑みを浮かべた。
『4本に増えた』彼女の腕が……手が……指先が……私の敏感な脇の下、脇腹に近づいてくる。
「ひぃ~っ……もう、ぼうやべで……」
「フフフ……楽しみ……ほぉら……コチョコチョしちゃうよ? ……とっても、くすぐったいよ?」
「ひぃっ、ひいぃぃ~っ!」
私は必死で抵抗した。
バンザイした両腕はピクリとも動かすことが出来ない。
動かせる顔や腰を一生懸命フリフリと振り回し、足をばたつかせ、如何に私がコチョコチョが嫌なのかを表現した。
「フフフ、こちょこちょしたら、もっとキレイに踊ってくれる?」
「いやぁああああ! ぼうゆるじでぇ~!」
私は泣きわめきながら、コチョコチョはやめてくださいと懇願した。
ワキワキと、指先を厭らしくくねらせ、触れるか触れないか、と言うところで止めている。
「泣かないで……笑わなきゃ、キレイになれないよ……」
「ひ~っひっひっひっひっひ! ひぃ~!」
触れてもいないのに、笑いが込み上げる。
彼女の指先は一頻り私が嫌がるのを楽しむと、クニャリと皮膚に触れた。
「っかぁあ~っかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっか~! いやぁああああっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、ぎゃあ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは~!」
「クスクス……本当に、弱いのね」
彼女の残酷な指先が、私の本当にコチョコチョに弱い体に触れ、踊り狂う。
私は期待に応えるように、半狂乱になりながら顔や腰をフリフリと振り乱し、笑い狂った。
「クスクス……ほら、笑って? じゃないと私みたいにキレイになれないよ?」
「が~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは~、うがあ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」
どうして?
なんでこんなことになったちゃったの?
このままじゃ本当に死んじゃう……
「だれがだじげでぇ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは~っ、だれがぁ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」
「フフフ、貴女のこと、気に入ったわ……だって、こんなにコチョコチョに弱いんですもの」
彼女は手を止め、立ち上がった。
よかった……解放される。
ーー貴女を、私の家族にしてあげる。
彼女はバクリと口を大きく開けた……いや……開きすぎだ。
私の前に、闇が広がった。
彼女は私を食べる気なんだと思った。
「ひぃ……いや……いやぁあああああ!」
私は持てる力を最大限使い、逃げようとした。
彼女は、追ってくる。
人を何人も飲み込める程大きく口を開け、迫ってくる。
「大丈夫、怖がらないで……もう二度と、お父さんにもお母さんにも、友達にも会えないけど……私がいっぱい、笑顔にしてあげるから……」
「だれがだずげでぇ~! おがあざぁああああん! いやぁあぁあぁあー!」
ーー私は闇に飲み込まれた。
二度と家族にも友達にも会うことが出来ない、とこしえの闇。
待っていたのは、果てしないくすぐり地獄だった。
「うがあ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは! か~っかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっか、ひぎゃあ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは~っ」
「クスクス……コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ~……こぉ~ちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょー!」
私はすっぽんぽんにひん剥かれ、謎の力で大の字に体を拘束されていた。
体は指先から足の先まで、一切動かすことが出来ず、私に許されたのは、気違いの様にバカ笑いする事だけだった。
「フフフ、まだまだ、コチョコチョ地獄は終わらないよ?」
「んがあ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、がーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」
ーーもうどれ程時が経ったのかわからない。
闇の中には、口裂け女と、私。
『8本に増えた』彼女の腕が……指先が、私の剥き出しになった敏感な脇の下、脇腹、お腹、足の裏、首……余すことなくくすぐり尽くす。
「ぼうごろじでぇ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっ、ごろぜ~ぇっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」
「殺さないよ? そんな残酷なことしないから……これからも、永遠に、笑ってもらうから……ずぅっと、私がコチョコチョくすぐってあげるから……私って、優しい?」
「うぎゃあ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、ごろじでぐだざぃっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは! ごろじでぐらざいっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」
私は気づけばずっと、殺してくれと懇願していた。
でも、ここで私が許されたのは、笑うことだけ。
ただただ、彼女のコチョコチョに笑い狂い、彼女の嗜虐心を満たし続けた。
「大丈夫、貴女、今はブスだけど、そのうちキレイになれるから、私と一緒になれるから」
「ぶわあ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは~っ! か~っかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっか~!」
「クスクス……コチョコチョに弱い人って、面白~い」
私は白目を剥き、鼻の穴を限界まで広げ、口を裂けるほど大きく開けながら止めどなく笑い続けた。
何故指先までピクリとも動かせないのに、顔の変化は残しているのか……悪意しか感じない。
「とってもブサイクね……今は直視出来ないけど、大丈夫……私みたいになれるまで、こちょこちょくすぐってあげる」
「がああああっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、ガーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハー!」
「そのオッサンみたいなゲ~ラゲラ下品に笑う笑い方も気にしなくていいから……私みたいに、キレイに笑えるようになるから」
嫌だ……もう笑いたくない……こんな化け物なんかになりたくない……
「私みたいになりたくないなら、笑わなきゃいいと思うよ」
「ぶわあ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」
「ほぉら、頑張って、頑張って~」
「ぎゃあーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、ギャーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ~ッ」
「我慢する気ない? やっぱり、我慢できないくらい、くすぐったい?」
どれだけ必死で我慢しても、ダメだった。
少しも……ホンの少しも我慢できない。
どうしてこんなにくすぐったいの?
ただ、ひたすら笑い続けた。
彼女は飽きることもなく、永遠にコチョコチョとくすぐり続けた。
このくすぐり地獄は終わらないのかもしれない。
それとも、私も口が裂け、化け物になってしまうのだろうか……そんな風に思いながら、考えるのをやめた。
笑い袋と化した私は、終わることのないコチョコチョに、永遠にゲラゲラ笑い続ける。
「ねぇ、くすぐったい? くすぐったい?」
「かぁ~っかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっか、ぎゃあ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはー!」
「顔、真っ赤っかだよ? そんなに苦しい? ねぇ、くすぐったい?」
「だぁあ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、ぎゃあーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは~!」
顔は見るも無惨になっていた。
どうして?
こんなに苦しいのに、もう笑いたくないのに。
不自然なほど口角を吊り上げ、口角が千切れそうなほど、無様に笑い狂った。
血液で破裂しそうな程真っ赤に染まり、白目を剥いた目から涙が零れている。
それをそっと舌ですくい、悪魔のような無邪気な笑みでコチョコチョと、永遠にくすぐり続けた。
「クスクス……コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ~ッ……こちょこちょ……こちょこちょこちょ……こ~ちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ……」
「お母ざんだずげでぇ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、だずげでおがあざあああああああああっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、あ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは……」
やがて私は、笑いすぎて口が裂け……怪物へと生まれ変わったのだ。
私はひたすら、走った。
死に物狂いで家まで逃げた。
怪談は、フィクションだから良いのであって、実際自分の身に起こってほしいなんて思ったことはない。
何かの間違いであってほしかった。
「私って、キレイ?」
ひたすら謎の女から逃げ続け、家に入り、玄関の鍵を締めた。
自分の部屋に入り、ドアの鍵を締め、私は戦慄した。
「私って、キレイ?」
気づけばソレは、私の背後に居た。
私の家なのに……私の部屋なのに……回りこまれた。
もう逃げられない。
これはどう考えても口裂け女じゃないか。
あり得ない……他人事のように、いつもネットで見ては、怖い怖いと思っていた。
実際起こったら、どうすれば良いの?
あまりの恐怖に、声が出ない。
何も答えられなかった。
「……ぁっ……ぇ……」
「ねぇ、私って、キレイ?」
「……き……きれい……です……」
「……じゃあ、これでも?」
必死で絞り出した私の答えは数秒後の私の悲鳴でかき消される。
ーーさようなら、お父さんお母さん……先立つ不幸をお許しください。
「ぷぎゃあ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは! んぎぃ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは~っ!」
カッコ良く死に際のセリフを心の中で残した私に待っていたのは……くすぐり地獄だった。
「ねぇ、私って、キレイ?」
「が~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、ぎれぃでずぅ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは! ぎれいだがらぁ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」
「私って、カワイイ?」
「がわいいぃいいい~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、わげわがんらいっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは~っ!」
バンザイした両腕の上に馬乗りになり、ピンと伸ばした状態で固定された。
彼女は、驚くほど妖艶で、美しい女性だった。
ーー口が裂けていることを除けば。
何故か、口裂け女は「私って、キレイ?」と問いかけながら、コチョコチョと脇の下をくすぐった。
「ねぇ、弱いのは脇?」
「ワギノジダァ~ッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ~ッ、わぎはよわいでずぅ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは~!」
「脇腹はどう? 弱い?」
「ぞごぼだべぇ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、ぎゃーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは~っ!」
こちょこちょに弱い自分を恨んだ。
昔から、なんで自分だけこんなにコチョコチョに弱いのかわからなかった。
彼女の細長い指先から、圧倒的なくすぐったさが送り込まれ、身体中を駆け巡る。
全身を彼女の『くすぐり』が支配し、最早笑うしかないと言うほど、気が狂ったように笑い続けた。
「脇の下と、脇腹が特に弱い?」
「よわいがら~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは! よわいがらやべでぐだざい~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは~!」
「そっか、脇の下と脇腹のコチョコチョに弱いんだね」
彼女は一旦手を止めると、悪魔のような笑みを浮かべた。
『4本に増えた』彼女の腕が……手が……指先が……私の敏感な脇の下、脇腹に近づいてくる。
「ひぃ~っ……もう、ぼうやべで……」
「フフフ……楽しみ……ほぉら……コチョコチョしちゃうよ? ……とっても、くすぐったいよ?」
「ひぃっ、ひいぃぃ~っ!」
私は必死で抵抗した。
バンザイした両腕はピクリとも動かすことが出来ない。
動かせる顔や腰を一生懸命フリフリと振り回し、足をばたつかせ、如何に私がコチョコチョが嫌なのかを表現した。
「フフフ、こちょこちょしたら、もっとキレイに踊ってくれる?」
「いやぁああああ! ぼうゆるじでぇ~!」
私は泣きわめきながら、コチョコチョはやめてくださいと懇願した。
ワキワキと、指先を厭らしくくねらせ、触れるか触れないか、と言うところで止めている。
「泣かないで……笑わなきゃ、キレイになれないよ……」
「ひ~っひっひっひっひっひ! ひぃ~!」
触れてもいないのに、笑いが込み上げる。
彼女の指先は一頻り私が嫌がるのを楽しむと、クニャリと皮膚に触れた。
「っかぁあ~っかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっか~! いやぁああああっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、ぎゃあ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは~!」
「クスクス……本当に、弱いのね」
彼女の残酷な指先が、私の本当にコチョコチョに弱い体に触れ、踊り狂う。
私は期待に応えるように、半狂乱になりながら顔や腰をフリフリと振り乱し、笑い狂った。
「クスクス……ほら、笑って? じゃないと私みたいにキレイになれないよ?」
「が~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは~、うがあ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」
どうして?
なんでこんなことになったちゃったの?
このままじゃ本当に死んじゃう……
「だれがだじげでぇ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは~っ、だれがぁ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」
「フフフ、貴女のこと、気に入ったわ……だって、こんなにコチョコチョに弱いんですもの」
彼女は手を止め、立ち上がった。
よかった……解放される。
ーー貴女を、私の家族にしてあげる。
彼女はバクリと口を大きく開けた……いや……開きすぎだ。
私の前に、闇が広がった。
彼女は私を食べる気なんだと思った。
「ひぃ……いや……いやぁあああああ!」
私は持てる力を最大限使い、逃げようとした。
彼女は、追ってくる。
人を何人も飲み込める程大きく口を開け、迫ってくる。
「大丈夫、怖がらないで……もう二度と、お父さんにもお母さんにも、友達にも会えないけど……私がいっぱい、笑顔にしてあげるから……」
「だれがだずげでぇ~! おがあざぁああああん! いやぁあぁあぁあー!」
ーー私は闇に飲み込まれた。
二度と家族にも友達にも会うことが出来ない、とこしえの闇。
待っていたのは、果てしないくすぐり地獄だった。
「うがあ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは! か~っかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっか、ひぎゃあ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは~っ」
「クスクス……コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ~……こぉ~ちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょー!」
私はすっぽんぽんにひん剥かれ、謎の力で大の字に体を拘束されていた。
体は指先から足の先まで、一切動かすことが出来ず、私に許されたのは、気違いの様にバカ笑いする事だけだった。
「フフフ、まだまだ、コチョコチョ地獄は終わらないよ?」
「んがあ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、がーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」
ーーもうどれ程時が経ったのかわからない。
闇の中には、口裂け女と、私。
『8本に増えた』彼女の腕が……指先が、私の剥き出しになった敏感な脇の下、脇腹、お腹、足の裏、首……余すことなくくすぐり尽くす。
「ぼうごろじでぇ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっ、ごろぜ~ぇっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」
「殺さないよ? そんな残酷なことしないから……これからも、永遠に、笑ってもらうから……ずぅっと、私がコチョコチョくすぐってあげるから……私って、優しい?」
「うぎゃあ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、ごろじでぐだざぃっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは! ごろじでぐらざいっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」
私は気づけばずっと、殺してくれと懇願していた。
でも、ここで私が許されたのは、笑うことだけ。
ただただ、彼女のコチョコチョに笑い狂い、彼女の嗜虐心を満たし続けた。
「大丈夫、貴女、今はブスだけど、そのうちキレイになれるから、私と一緒になれるから」
「ぶわあ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは~っ! か~っかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっか~!」
「クスクス……コチョコチョに弱い人って、面白~い」
私は白目を剥き、鼻の穴を限界まで広げ、口を裂けるほど大きく開けながら止めどなく笑い続けた。
何故指先までピクリとも動かせないのに、顔の変化は残しているのか……悪意しか感じない。
「とってもブサイクね……今は直視出来ないけど、大丈夫……私みたいになれるまで、こちょこちょくすぐってあげる」
「がああああっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、ガーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハー!」
「そのオッサンみたいなゲ~ラゲラ下品に笑う笑い方も気にしなくていいから……私みたいに、キレイに笑えるようになるから」
嫌だ……もう笑いたくない……こんな化け物なんかになりたくない……
「私みたいになりたくないなら、笑わなきゃいいと思うよ」
「ぶわあ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」
「ほぉら、頑張って、頑張って~」
「ぎゃあーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、ギャーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ~ッ」
「我慢する気ない? やっぱり、我慢できないくらい、くすぐったい?」
どれだけ必死で我慢しても、ダメだった。
少しも……ホンの少しも我慢できない。
どうしてこんなにくすぐったいの?
ただ、ひたすら笑い続けた。
彼女は飽きることもなく、永遠にコチョコチョとくすぐり続けた。
このくすぐり地獄は終わらないのかもしれない。
それとも、私も口が裂け、化け物になってしまうのだろうか……そんな風に思いながら、考えるのをやめた。
笑い袋と化した私は、終わることのないコチョコチョに、永遠にゲラゲラ笑い続ける。
「ねぇ、くすぐったい? くすぐったい?」
「かぁ~っかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっか、ぎゃあ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはー!」
「顔、真っ赤っかだよ? そんなに苦しい? ねぇ、くすぐったい?」
「だぁあ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、ぎゃあーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは~!」
顔は見るも無惨になっていた。
どうして?
こんなに苦しいのに、もう笑いたくないのに。
不自然なほど口角を吊り上げ、口角が千切れそうなほど、無様に笑い狂った。
血液で破裂しそうな程真っ赤に染まり、白目を剥いた目から涙が零れている。
それをそっと舌ですくい、悪魔のような無邪気な笑みでコチョコチョと、永遠にくすぐり続けた。
「クスクス……コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ~ッ……こちょこちょ……こちょこちょこちょ……こ~ちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ……」
「お母ざんだずげでぇ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、だずげでおがあざあああああああああっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、あ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは……」
やがて私は、笑いすぎて口が裂け……怪物へと生まれ変わったのだ。